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新潟地方裁判所 昭和50年(ワ)311号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告に対し、被告佐野生コン工業株式会社は金九六万円を、被告株式会社水倉組は金五四四万円をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  左記交通事故が発生した。

日時 昭和四八年二月二四日午後一時四〇分ころ

場所 新潟県西蒲原郡吉田町吉田一二六二番地

国道一一六号線上見晴橋跨線橋付近

加害車両 原告所有普通貨物自動車

被害者 入沢圭介、太田繁男

事故の態様 原告従業員佐藤敬二が加害車両を運転し巻方面から柏崎方面に向けて前記見晴橋跨線橋を通過したところ、進路左側端に被告株式会社水倉組(以下被告水倉組という)が歩道設置工事をしており、その工事に用いる生コンクリートを搬入し積降ろす作業をしていた被告佐野生コン工業株式会社(以下被告佐野生コンという)のコンクリートミキサー車と衝突し、作業中の被告水倉組従業員太田繁男と被告佐野生コン従業員入沢圭介を死亡させた。

2  右交通事故の発生につき原告従業員佐野敬二、被告水倉組、被告佐野生コンには次の過失がある。

(一) 佐藤敬二

見晴橋跨線橋に至る道路は約五度の上り勾配でこれを上り詰めなければ前方の見通しがきかず、かつ折からの勢いを増した吹雪が前方の視界を悪化させ、路面はみぞれ状の雪に薄く覆われ滑走しやすい状態であつたから、佐藤敬二においては右気象、道路状況に応じて減速もしくは徐行し事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失がある。

(二) 被告水倉組

被告水倉組においては道路左側端に歩道を設置する工事のため道路左側を使用していたことから、この作業のため道路左側車線において車両通過の安全に障害を与える状態を作つていたのであるから、車両通過の安全を確保すべき注意義務があるのに、前記の気象、道路状況に応じた適切な措置を講じなかつた過失がある。

(三) 被告佐野生コン

被告佐野生コンにおいては、被告水倉組による歩道設置工事のため生コンクリートを搬入し積降す作業のため坂の頂上付近の道路左車線上にミキサー車を駐車させ車両通過の安全に障害を与える状態を作つていたのであるから、車両通過の安全を確保すべき注意義務があるのに前記気象、道路状況に応じた適切な措置を講じなかつた過失がある。

即ち、右交通事故は原告会社従業員佐藤敬二と被告両名の過失の競合により発生した共同不法行為である。

3  右加害車両の保有者である原告と不法行為者である被告両名の各責任の負担割合は被害者太田繁男の遺族である太田キク他四名の原告および被告両名に対する損害賠償請求事件(新潟地裁昭和四八年(ワ)第二九三号)における裁判上の和解によつて定まつたところの、原告六〇〇万円、被告水倉組三四〇万円、被告佐野生コン六〇万円の割合、即ち原告六〇対被告水倉組三四対被告佐野生コン六の割合をもつて正当とすべきである。

4  被害者入沢圭介の遺族である入沢金子他五名の右交通事故による損害額は、治療費、葬儀費、墓石費、逸失利益、慰藉料で合計二一〇〇万円を下らず、自動車損害賠償責任保険からの給付額五〇〇万円を控除すれば、金一六〇〇万円であるところ、原告は右入沢金子他五名の原告に対する損害賠償請求事件(新潟地裁昭和四九年(ワ)第二三八号)における裁判上の和解にもとづき該金員を昭和四八年三月一六日から昭和五〇年一〇月末日までの間に分割して右入沢金子他五名に支払つた。

5  しかし、本件交通事故は原告会社従業員佐藤敬二と被告両名の共同不法行為によつて発生したものであるから、原告が右入沢金子他五名に支払つた損害賠償金を前記責任負担割合で按分した左記金額は被告両名においてそれぞれ負担すべきものである。

(一) 被告水倉組 一六〇〇万円×34/100=五四四万円

(二) 被告佐野生コン 一六〇〇万円×6/100=九六万円

6  そこで原告は被告両名に対し、本件交通事故による入沢金子他五名に対する損害賠償金の被告両名の負担部分を求償する。

二  被告らの認否

1  被告水倉組

(一) 請求原因1記載の事実中事故の態様欄の「進路左側端に被告水倉組が歩道設置工事をしており」との部分を除き、その余の事実は認める。

被告水倉組は歩道設置工事をしていたが、それは車道外の歩道上であつて車両通過に障害を与えた事実はない。

(二) 請求原因2、3の事実中太田キク他四名の原告および被告両名に対する損害賠償請求事件において裁判上の和解が成立し右太田キク他四名に対し原告が六〇〇万円、被告水倉組が三四〇万円、被告佐野生コンが六〇万円の支払義務を認め、これを支払つた事実は認めるが、その余の事実はすべて否認する。

被告水倉組は道路管理者でなく、道路交通の安全を確保すべき義務はない。被告水倉組は歩道設置工事のため被告佐野生コンより生コンクリートを買入れていたが、その買入はいわゆる「持込渡」であつて生コンクリートの搬入積降ろし作業中に被告佐野生コン車両に発生した交通事故について被告水倉組が責を負ういわれはない。

被告水倉組が太田キク他四名の提起した前記損害賠償請求事件において裁判上の和解に応じたのは、亡太田繁男は被告水倉組の労働者であつて、同人が被告水倉組の業務従事中における業務上の事故によつて死亡したので、被告水倉組は使用者としてあらゆる場合を想定して業務上の災害を防止すべき注意義務が課せられているから、労働災害としての補償要求には応じなければならないと考え、右太田キク他四名との和解に応じたものであつて、被告水倉組の本件交通事故発生に寄与した過失を認めたものではない。

(三) 請求原因4の損害額については争い、その余の事実は知らない。

(四) 請求原因5、6の事実は争う。

2  被告佐野生コン

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 請求原因2の事実中、原告の従業員佐藤敬二の過失は認めるが、被告水倉組、被告佐野生コンの過失および本件交通事故が原告と被告両名の共同不法行為であるとの点は否認する。

(三) 請求原因3の事実中太田キク他四名の原告および被告両名に対する損害賠償請求事件の裁判上の和解において、原告が六〇〇万円、被告水倉組が三四〇万円、被告佐野生コンが六〇万円を支払うことになつた事実は認めるが、被告佐野生コンは損害賠償義務を認めたものではなく、単に見舞金の趣旨で支払うことにしたに過ぎない。責任負担割合に関する原告の主張は争う。

(四) 請求原因4の事実中、入沢金子他五名の損害額が原告主張のとおりであることおよびその損害賠償請求事件の裁判上の和解が原告主張のとおり成立し、原告がこれを支払つたことは認める。

(五) 請求原因5、6の事実は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  交通事故の発生とその態様について

1  原告請求原因1の事実は原告と被告佐野生コンとの間では全部当事者間に争いがなく、原告と被告水倉組との間では、被告水倉組の歩道設置工事部分に関する事実を除き当事者間に争いがないところ、成立に争いない甲一二号証(実況見分調書)によれば国道一一六号線の見晴橋跨線橋橋詰下り坂付近の巻方面から柏崎方面に向つて左側端に被告水倉組が歩道設置工事をなしており、生コンクリートの搬入積降ろしのため被告佐野生コンのミキサー車が車道中央線付近まで占拠して駐車していた事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

2  成立に争いない甲八号証ないし一四号証によれば、次の事実が認められ、甲八号証(証人佐藤敬二の供述記載)中右認定に反する部分は措信できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  本件交通事故の発生した新潟県西蒲原郡吉田町大字吉田一二六二番地四はほぼ南北に通じる国道一一六号線が東西に通じる国鉄弥彦線を跨線橋をもつて横断する見晴橋(長さ約二五メートル)の橋詰から柏崎方向に約四メートルの地点である。国道一一六号線は幅約七・九メートルのアスフアルト舗装で歩車道の区別なく、中央線をはさみ片側各一車線である。巻方面から柏崎方面に向つてゆるい右カーブとなつており、国鉄弥彦線を跨ぐ見晴橋を頂点としてこれに至る両側約二五〇メートルの区間は道路の両端にガードレールが設置されており、約五度の傾斜をなしている。

(二)  路面は巻方面から柏崎方面に向つて右側車線は積雪なく、左側車線には圧雪約三センチメートルがあり、凍結していた。原告従業員佐藤敬二が普通貨物自動車(新四四あ一八九)を運転して見晴橋に至る上り坂にさしかかつたころには吹雪が激しくなり視界は約三〇メートルであつた。駐車中の佐野生コンのミキサー車に対する見通しについては、雪が少し降つている程度で吹雪ではない気象条件の下では、巻方面から柏崎方面に向う車からは約七〇メートル以上手前で見晴橋詰約四メートル柏崎寄りに下り坂に駐車中のミキサー車を発見することができる状態であつた。

(三)  被告水倉組は見晴橋橋詰付近で約一〇〇メートル区間の歩道設置工事をしており、被告佐野生コンより生コンクリートを持込渡しで買い受ける関係上、本件交通事故発生当時、被告佐野生コンのミキサー車が生コンクリートを搬入して積降ろしするため、巻方面から柏崎方面に向つて左側車線をほぼ中央線付近まで占拠して駐車し、被告佐野生コン従業員入沢圭介、被告水倉組従業員太田繁男、倉橋弘らが作業して生コンクリートの積降ろしを行なつていた。

(四)  右歩道設置工事の施行にあたり、被告水倉組は工事区間の両側約二〇〇メートルの地点のガードレールの位置に、幅約一メートル、高さ約一・五メートルの青色板に白字で記載した「二〇〇メートル先工事中」の掲示板を設置し、また両側約一〇〇メートルにも同じ大きさの「一〇〇メートル先工事中」の掲示板を、その中間には同程度の大きさの板に工事名、工事内容、施行業者名などを表示した掲示板を設置していた。また坂の頂上付近には「徐行」の道路標識が置かれていた。被告佐野生コンのミキサー車が生コンクリートを搬入して積降ろし作業を行なつていた際には、駐車したミキサー車の後方約二〇メートルの地点にバリケード(虎柵)を置き、ポール(点滅灯)を置き、黒と黄色の縄で結び工事中であることの標示としていた。しかし、これらの掲示板や道路標識は本件交通事故発生時において、折からの吹雪のためその表面に雪が付着していた。

(五)  原告従業員佐藤敬二は巻方面から柏崎方面に向つて国道一一六号線上をスノータイヤのついた普通貨物自動車を運転し、右4記載の「二〇〇メートル先工事中」「一〇〇メートル先工事中」および工事内容を表示する各掲示板、「徐行」の道路標識のいずれにも気づくことなく、時速約四五キロメートルで進行し、坂を上り切つて見晴橋上二ないし三メートル進行した地点、即ち、駐車中のミキサー車から約二八メートルの地点に至つてはじめてこれに気づき、ミキサー車を避けてその両方の対向車線上を通過すべくハンドルを右に切つて進路を変更しようとした。ところが対向車線上を前方から関川ヨシノの運転するライトバンが進行して来るのに気づき、とつさにブレーキを踏んだが、路面の凍結と下り坂とのためにスリツプしはじめ、佐藤の運転する普通貨物自動車は駐車中のミキサー車後方に進行した。そのときはじめてミキサー車後部で作業中の人影をみとめ、再度右にハンドルを切つたが間にあわず、自車をミキサー車の後部右フエンダー部分と右バンバーに衡突させ、さらに対向するライトバンの右ドア付近に接触してようやく停止した。佐藤は前記バリケード(虎柵)、ボール(点滅灯)などにも気づかなかつた。

右衝突事故により、ミキサー車後部に乗つて生コンクリートの積降ろし作業に従事していた被告佐野生コン従業員入沢圭介、ミキサー車後方で作業していた被告水倉組従業員太田繁男が死亡し、作業中の被告水倉組従業員倉橋弘が負傷した。

二  右争いのない事実と認定した事実により、原告従業員佐藤敬二、被告水倉組、被告佐野生コンの過失および本件死傷との因果関係の有無を検討する。

1  佐藤敬二については、右のとおり吹雪が前方の視界を極端に悪化させ、視認できる距離がわずか約三〇メートルにすぎず、路面も滑走しやすい状態にあり、しかも見晴橋を頂点として約五度の上り坂であつたのであるから、自動車運転者として前方の安全はもとより左右を注意して道路標識、掲示板の有無などに注意しつつ、減速もしくは徐行し、交通事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、漫然時速約四五キロメートルのまま進行し、駐車中のミキサー車を前方約二八メートルに迫つて発見したのに側方を通過できると軽信し、なお同一速度で進行しようとした過失が認められる。この過失により駐車中のミキサー車後方から自己の運転する普通貨物自動車を進行して衝突させ、作業中の入沢圭介、太田繁男を死亡させ、倉橋弘に危害を与えたもので、佐藤の過失と被害の発生との因果関係も明らかに認められる。

2  被告水倉組についてみると、国道一一六号線の歩道設置工事の施行に際しては前記二、4で認定したとおり、「二〇〇メートル先工事中」「一〇〇メートル先工事中」のほか、工事内容を表示する掲示板を設置し、ミキサー車が生コンクリートを搬入して積降ろし作業をする際にはバリケード(虎柵)、点滅灯、ロープを配置していたのみならず、上り坂の頂上付近には「徐行」の道路標識も設置されていたものであり、これらの道路標識や掲示板は吹雪のためその表面に雪が付着してその警告する意味内容が不明確であつたにせよ、少くともその存在自体により、これを認めた運転者をして前方に道路交通上の何らかの障害が存在することを推認させる機能は果していたものというべきである。

そうだとすると、かかる場合坂の頂上の見晴橋付近で工事をしていた被告水倉組は被告佐野生コンのミキサー車が生コンクリートの搬入積降ろし作業のため車道上に駐車し道路交通に支障を与えていても、その警告を発しているのであるから、通行する車両の運転者が道路標識又は掲示板の存在により工事その他の道路交通上の障害を予知して減速ないし徐行するか、少なくとも上り坂の頂上付近にさしかかるころには法令の定めるところに従つて徐行して進行し、交通事故の発生を未然に防止するであろうことを信頼すれば足りるのであつて、佐藤敬二のように吹雪のため視界が約三〇メートルにすぎず、路面は滑走しやすい状態にあるのに、時速約四五キロメートルで進行して来る車両があることまでを予期してこれに備え、旗振りを工事区間の前後に配置して車両通過の整理にあたらせなければならないとは断定しがたい。いうまでもなく道路交通に支障を生じるような工事を施行する場合、工事区間の前後に旗振りの人員を配置して車両通過の整理にあたらせることは、交通事故防止の上で望ましいところではあるが、本件の場合、この点における不作為は、これをもつて本件交通事故の発生と因果関係のある過失ということはできない。

3  被告佐野生コンについてみると、被告水倉組の工事現場に生コンクリートを搬入積降ろしするためミキサー車を下り坂の片側車線ほぼいつぱいに駐車させていたものであるが、坂の頂上付近には「徐行」の道路標識があり、被告水倉組において前記の各掲示板を設置し、バリケード(虎柵)、点滅灯、ロープを配置して、歩道設置工事中で、道路交通に障害を与える事実を警告する措置を講じていたのであるから、その効果を信頼すれば足り、それ以上に駐車中のミキサー車の前後に旗振りを配置して車両通過の整理にあたらなければならなかつたものとは断定しがたい。

被告佐野生コンに本件交通事故の発生と因果関係のある過失を認めることはできない。

四  結論

以上のとおり被告水倉組、被告佐野生コンに過失が認められないのであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は失当であり、棄却を免れないというべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 池田真一)

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